その事件は余りに唐突であった。結婚式当日、あろうことか教会の前で新婦がクリーチャーに連れ去られたのである。
抜けるような青空に浮かんだ巨大なクリーチャーは、黒光りする爪で新婦フェンを掴むと、一散に彼方へと飛び立って行ったのだ。
無論、その場には数名であったが警備兵や、武器の携帯を許された上級市民や貴族の参加者もいたが、その場で攻撃を加えればフェンの身も危ない。結局、成す術なく立ち尽くすしかなかったのである。
奇妙な静寂を破ったのは、目敏くクリーチャーの姿を捉えたらしい、数人のハンターたちであった。
「おい、あんた。今この辺をクリーチャーが通らなかったか?」
大股で全力疾走して来た、大柄な男がテオドルに問いかける。
「き、君は……?」
「ヒューベルト・ヴァルシュタット。御覧の通りのハンターだ。そこの酒場に入ろうと思ったら、どデカい影が見えてな」
「何か事件ではと恩いまして?」
ヒューベルトの筋肉質の体の後ろから、メイド服姿の少女が顔を出す。
「私ヴァイオラ・ノインツィヒと申します。ハンターギルドの監査官ですわ。事件ならおカになれると恩って参りましたの」
見た目こそ少女のものだが、しっかりとした口調でそう言うと、式に参加していた者たちの中から、ウォルフラム・チャンティクリアが静かに歩み出て来た。
「事件と言いますか……。そのクリーチャーに、花嫁が連れ去られました」
冷静にそう言いながら、肩をすくめる。
「事件? あれは誘拐です! きっと背後に、黒幕がいるはずですわ!」
真っ青なアレフに、控え目に寄り添っていたマロニエ・シャムシールが思わず叫ぶと、アレフがはっと息を飲む。
「そう逸るものじゃありませんよ」
ウォルフラムが軽くたしなめると、マロニエは申し訳なさそうに謝った。
配属こそ違ったが、同期入局で大事な友人のアレフに降りかかった災難に、しっかりしなければいけない自分が、迂闊なことを言ってしまった、とマロニエが落ちこんでいると、
「ちょっとあなたたち! 何のんびり話しているのよ! 花嫁が攫われたのよ!」
突然、彼女を押しのけるようにして、金髪も眩しいアイラ・ミシェルが現れた。
「さっきから見ていれば、大の男が寄って集ってぐずぐずと! さっさと助けに行ったらどうなの? それでも男?!」
マニキュアを丁寧に塗られた指をつきつけられて、アレフがヨロリと後ずさったのは無理もないだろう。元々、気は小さい男である。
「そうだな。こうしている時間が惜しい。是非手を貸してもらおう。報酬は出ないが、構わないだろうか?」
テオドルにヴァイオラが勿論、と頷く。
「ハンター五原則にも書いてありますわ。『如何なる善事にも尽くし、如何なる悪事をも見逃さぬこと』と。それにどうせ、皆退屈しているところですわ。すぐに揃えます。1時間で如何です?」
「結構。そうだ、調査が得意なハンターを何人か、魔導開発局の方へ直接送って頂きたい。少し、調べたいことがあるのでね」
「了解しましたわ。心当たりはございますからご安心を」
ヴァイオラが身軽にターンして引き返そうとした時、あのぅ、と背後から声がかかった。
「ぼくで良ければ、今からクリーチャーを追跡しますけど〜」
のんびりとした口調でシュヴァルツ・ファーベルティアが片手を上げた。
「1時間もあったら、何処まででも逃げられちゃいますし〜」
「確かに。では通信機をエアバイクに搭載して行くのがいいだろう。予傭もあった筈だから、だれかに預かってもらえないか?」
「分かりました。あとで追跡班の中で適当な人にお渡しておきましょう」
テオドルに促され、シュヴァルツとウォルフラムが教会の裏手へと連れ立って向かう。
「それでは私たちも準備に戻りますので、また後ほど」
「大船に乗ったつもりでな、花婿さんよ」
「どうかお願いします、僕の妻を……」
「お顧いします、じゃないわよ! あんたも行くの! さっさと着替えてらっしゃい!」
自分より華奢なアイラに背中を叩かれてよろめくアレフを尻目に、ヒューベルトとヴァイオラはハンターを集めるべく、それぞれに散って行った。*
約束通り、1時間のうちにはハンターたちが協会周辺に集まっていた。
ただし、情報収集を目的とした10数名とヴァイオラ、そして部署こそ違うが同じ開発局で働くマロニエが、先に開発局へ戻ったテオドルの後を追って現地に向かっている。それでも相当な人数が教会前に集まっていた。
(中略)
研究室のあるフロアでは、研究員たちをも交えて騒動が起こっていた。
姿を消したテオドルを探してハンターたちが血相を変えているところに、アスター・テンガーリが張本人を引っ張って戻って来たばかりか、彼を真犯人だと告発したのである。
さすがに全員が面食らったが、ヴァイオラはうさぎ耳状のアンテナを上下させながら頷く。
「確かに、花嫁様を攫って行ったタイミング、そしてそれは、この開発部でテオドル様が直接開発に携わったデジタルクリーチャー。私も同じことを考えておりましたわ」
その言葉を受けてアスターが続ける。
「花嫁を握ったクリーチャーを、テオドル、あんたがもたらした情報で倒す。これで自分のお株は上がり、あわよくば花嫁も手に入れられる。そんなとこじゃないのかい?」
だがテオドルは自分のデスクにかけたまま、大きく首を振った。
「それなら君達をここに連れて来たりはしないとは思わないかね? 私に不利な情報を掴まれる恐れがある」
「その証拠を隠滅するため、クリーチャーたちのケージに行ったんじゃないのか?」
なおも食い下がるアスターの言葉に、呼び戻されてきたマリナが顔をしかめる。
「それは事実ですか? テオドル部長」
「事実だが、あそこに全てのデジタルクリーチャーが実体化されている訳ではない。極一部だ。それに我々にも仕事があってね。あれを君たちに見られてはまずいことに気がついて、その処理をしていたのだ。今、クリーチャーたちを扱えるのは私しかいないのでね」
「残念ですが、非常に浅はかな行動だと、ハンターとしてご忠告申し上げます。事実はどうあれ、今の貴殿は難しい立場にいる」
と、アレクサンデル。
「決まり、ですかしら」
ヴァイオラが踏み出そうとした時、開け放たれた扉の向こうで、シルティア・カーネリアスが叫んだ。
「待って下さい!犯人はテオドル様じゃないんです! この事件の謎が解けたんです!」
またもや集まったハンターや研究員たちに衝撃が走る。
「何か証拠でもあったのか?」
アスターが問いかけると、シルティアは地下の実験場で見つけたノートを差し出した。
「これ、実験場のコントロールルームにありました。フェン様の物です。申し訳ないのですが勝手に中身を拝見してしまいました」
「研究員たちから、直接の聞きこみが難渋していたんだもの、仕方ないわ」
マミコが、かたまって様子を伺う研究員たちを横目で睨み、キルシュとビアンカも頷く。
「それで、何が書かれていたのですか?」
マリナに促され、シルティアはノートを開いた。
そもそも残されたノートは、フェンの私的な、研究や実験に関するメモを書くための物だったらしい。数値や公式などの走り書きの中に、時折日記めいた文章が、ノートの途中から混じり出す。その時期は丁度、アレフとの結婚が具体化して行った頃と重なるのだが、その申でフェンは、しきりに『結婚が不安だ』『私は彼を鰯している』『秘密はいつかばれてしまう』など、結婚に際しフェンが不安や恐れを抱いていたことを匂わせる文章を残していた。
具体的な悩みは一切明記されていないものの、そのノートの最後の1ページには、こんな一文が残されていた。
「私はアレフを愛しているけれど、この結婚は神様というものがいたら、きっとお許しにならないだろう。だから私は、彼の前から姿を消そう。でも1度でいい。彼の奥さんになって、私はその思い出を胸に、彼の前から永遠に姿を消してしまおう。悲しいけれど、これが一番幸せなことだから」
その一文を読み終えると、テオドルやアスター、その場にいた誰もが言葉を失う。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。じゃあ何か、花嫁は最初から全てを仕組んで、結婚式も早々に失踪するつもりだったってのか?」
フェンリル・ラグナイトは、アレフの友人だけあって一際ショックも大きかったらしく、真っ青な顔に冷や汗をかいて、誰にともなく大声で問い掛ける。
予想外の展開に全員が言葉を失う中、マリナは素早く立ち直り指示を出し始めた。
「呆然としている場合ではありません。現場で情報を待っているアレフやハンターたちに、ヴァイオラ、連絡を。急いで!」
魔道開発局クリーチャー開発部で職場結婚した二人の結婚式の最中、突然現れた一匹のデジタルクリーチャーによって、花嫁フェンが誘拐されてしまう。
その場に居合わせたハンターたちによって救助隊が急遽結成され、ひたすら狼狽する気の弱い花婿アレフを無理矢理引っ張って追跡が開始される。最初は頼りない印象だったアレフだが、ハンターたちとのやり取りを通し、何が何でも花嫁を取り戻す決意を固める。
一方、結婚式の立会人で二人の上司でもあるテオドルと、一部のハンターは、クリーチャーの資料を求めて魔道開発局に向かう。ところが局員たちの非協力的な態度に直面したハンターたちは、何か裏があるのではないかと不信感を抱き始める。依頼人であるテオドルの挙動も何か怪しい。彼らは大事なことを隠しているのではないか? 花嫁をさらったデジタルクリーチャーが、テオドルの開発したものであることを突き止めたハンターたちは、テオドルを捕らえて問い詰めるが、テオドルは事件への関与を否定する。
ところが、花嫁フェンの日記が発見されたことで事情は一変する。全てはとある隠し事のせいで新婚生活に不安を抱いた花嫁フェンの狂言で、誘拐は自作自演だったと言うのだ。情報は追跡班にも伝えられ、ハンターたちはやる気をなくし、花婿アレフは怒り狂う。とまあ、混乱する追跡班であったが、とにかくここまで来たからには花嫁を無事に連れ帰り、痴話喧嘩をまとめて帰らねばならぬと気を取り直す。
クリーチャーと花嫁が潜伏する丘が包囲され、説得が開始される。ウェディングドレス姿で現れた花嫁フェンに、花婿アレフはその肩を掴み、何か悩みがあったのなら話してくれ、二人でそれを乗り越えよう、と語りかける。最初は真実を話すことを拒む花嫁フェンだったが、何を聞かされても自分はそれを受け入れる、という熱意ある説得に感極まり、衝撃の事実を口にする。
「私……本当は女の子じゃないの!」
花嫁は、女として育てられた男性であったと言うのだ。予想外の反応に真っ白な灰になる花婿アレフ、そして二人の会話を傍受していたハンターたち。そして花嫁のあごにちょこんと生える、剃り残しのヒゲを発見した花婿アレフは、恐怖と混乱と絶望のあまり花嫁に絶縁を言い渡すのであった。
後日アレフはテオドルの配慮で僻地へ異動になり、フェンは職場を辞めて姿をくらます。ハンターたちの間では恋人の性別を問いただすことが流行ったそうだ。
口調が「〜ですわ」口調で描写されてます。こっちのアクションには書かなかったはずなのに、うさ耳ぴこぴこしてます。
ギャ○クシー○ンジェ○の○ントさんみたいです。
マスターさん的にはやはりそういうイメージで受け取られたか。
それはともかく。予想を外して、勇み足を踏んで失敗する役……ではありますが、登場箇所が多くて活躍してますね。登場していないシーンでも、自分のPCが何をしているのかが想像できるようなリアクションでした。
それにしても愛砂漠オチとは……。笑ってよいものかどうか微妙なネタですが、確かこういうネタの映画がありましたね。
■目的
魔導科学開発局で真犯人の手がかりを探す
■動機
花嫁をさらったのは魔導科学開発局のデジタルクリーチャーで、犯人は花嫁に横恋慕している魔導科学開発局員と推理
■プロット
正直、テオドル氏の事も疑っています。真犯人の可能性は皆無としても、魔導科学開発局の信用低下を恐れているとか、部下を庇っているなどして、真相を隠しているのではないでしょうか。根拠は、その道の専門家であるテオドル氏が、第一印象でクリーチャーがデジタルクリーチャーであることを指摘しておきながら、後にはそのことについて言及していない点です。ですから、支給された装備は基本的に信用しません。盗聴器がついていたり、いざという時には使えなくなったりするものとして扱います。
「悪質な依頼人からハンターたちを守るのは、ギルドの仕事でございますからね☆」(チェキ)
ただ、自分が、局員の中に犯人がいると疑っていることは(他のハンターにはともかく)局員側には悟られないようにし、自分の手は汚しません。他にも局員を疑っているハンターがいれば便乗し「犯人探しと称して不躾な質問をする者を、ハンターギルド監察官として取り締まっている」という説明で局員の信用を得、トラブルの仲裁をしつつ、「始末書を書く必要がある」と称して局内の人間関係などを調査します。結果的に悪者扱いしてしまったハンター様には後でフォロー。「実は、私も同じことを疑っております。人事課には鋭い着眼点の持ち主として、功績を報告いたしますね☆」と指を立ててウインク。
犯人側は証拠隠滅を行うはずで、シュレッダーの紙屑、コンピュータのハードディスクから削除されたデータなどの痕跡に留意し、証拠隠滅を図ろうとする犯人の行動傾向を割り出します。
犯人は、追い詰められると突飛な行動に出るタイプと分析しています。共犯者や花婿、誘拐した花嫁と無理心中を試みる可能性もあるので、人物警護に当たるハンターには優先して情報を提供します。