ノレカ・フォノレケンに続いてテムレ博士が開発した
一方の
そして試合の日。兵器開発局の大型兵器用の模擬試験場で決戦の火蓋が切られる。
観客の大歓声の中、開始早々にDC開発部側の動揺を狙った作戦が裏目に出てヅローがダウン。しかし第2SvD開発部も負けてはいない。DC開発部側のテイマーたちは、にへらと笑顔で抱きついてくるヱレナの自爆攻撃と、両腕に兵装腕を仕込んだユリマの攻撃の前に次々と倒れてゆく。多大な犠牲を払って二人を仕留めたDC開発部側の最後の生き残りは、パペットベアを操るシャルロット・オーフェステイン(SS0286)で、第2SvD開発部最後の生き残りのノレカと対峙する。人造メモリシアの力で超強化されたノレカの連続攻撃と、ノックバックしつつの鍵爪攻撃が交錯し、二人は同時に倒れる。
ドローかと思われた瞬間、ケシュパシュを操るフィル・ルミナス(SS0009)が息を吹き返して立ち上がりかけるが、ヱレナの自爆に巻き込まれ、結局試合はドローとなる。
試合の結果、DC開発部は中途半端な規模で発足し、第2SvD開発部はテムレ博士に大きな権限を与える条件で第1SvD開発部に統合される。とばっちりを受けた第1SvD開発部は開発効率が落ちた。DC開発部の勝利を前提に、全てが丸く収まる策を用意していたリンファ局長は溜息をつき、今回の試合の責任者であるデルタは苦笑いをして沈黙するのであった。
兵器開発局【第2SvD開発部】
試合まであと10日と迫ったその日、ノレカ・フォノレケン以外のSvD が臨時研究員である5名にお披露目されることとなった。
「その二体は大分前に完成していたのでしょう?
どうしていままで掛かったのです?」
ジェイド・ゴールドウィンが尋ねた。
「それは、この制御装置の調整に時間がかかっていたためだよ」
そういってテムレ・イーが掲げたのは、二頭身の『ルカ・フォルケン』フィギュア!
ちなみにこれはノレカのスペアである。
さすがにこれには、皆が口をあんぐりと空けてなんとも情けない顔。
「なんでフィギュアでございますの?」
「頼むから俺に聞かないでくれ」
セリアス・クレイドルが、すっかり馴染みになった壁に突っ伏しながら、ヴァイオラ・ノインツィヒに答えた。
「目覚めよユリマ! そしてヱレナよ!」
テムレが隣室の扉に向かって叫ぶと、そこから目にも鮮やかな青いスーツに白衣を羽織った女性と、丸眼鏡にポニーテールの女性。このふたりこそが、テムレ博士の作り上げたSvDユリマ・フォノレケンとヱレナ・キャソデロロのふたりだ。
ユリマは云わずと知れた、ルカ・フォルケンの姉であるユリア・フォルケンを模したSvD。そしてヱレナにいたっては、もういわずもがなというところであろう。
「……エレナ博士のパチモンはともかく、ユリア博士はちとまずいんじゃないか?」
「気にすることはないでしょう。もう亡くなった方ですし。ノレカがこの界隈をウロウロしていても、問題は起きていませんしね」
ジェイド・ゴールドウィンがルース・サーバインに云う。
事実、ノレカは周辺地域において、ルカではなく、ノレカとして最近知名度を上げつつある。それどころか、どういうわけだか人気があるらしく、商店街の方をうろつくと、必ずなにかしら貰ってきたりする。
「これが博士の『萌え』でございますの?」
ヴァイオラがテムレに尋ねた。
「いや、彼女達は萌えというわけではない。だが彼女達に萌える者が多いこともまた確かだ。ところで改造の決心はついたかね?」
「いえ、結構でございます。そうそう、お聞きしたいのでございますが、ノレカ・フォノレケン製作者として記録されている名前は、テムレ・サーパティとなっていますが?」
「離婚したんだよ目私は婿養子だったから、旧姓に戻っただけだ」
テムレは目を瞑ると、息を吐き出した。
「あれは……私の夢を理解しようともしなかったのだ。身を粉にし、家族のためにずっと働きつづけてきたというのに。定年後、自分の夢に生きるといいつづけていた私を、庵援するといっていたにも関わらずだ。それに娘までも……イリテュイアヘの移民はいい機会だったからね、それを機に別れたんだよ」
「離婚でございますか……。申し訳ございません、知らぬとはいえ。ところで、夢というのはなんでございますの?」
興味を引かれたヴァイオラは聞いてみた。
「究極の美少女SvDを創る! これに勝る男のロマンなど、あろうはずがなかろう!」
拳を握り締め、テムレが断言した。
思わずヴァイオラが一歩退く。
「ところで改造の決心はついたかね?」
テムレが再び聞いた。
「ですから、どうして私の胸を大きくしなくてはならないのでございますか?」
ついにヴァイオラがその問いをした。
するとテムレは考え込むように顎に手を当てると、ヴァイオラをじっと見据える。
「ふむ。キミはいわゆる、獣を擬人化したタイプのSvDだろう? 猫耳とか鹿耳とかの」
「そうでございますわ」
「牛娘タイプで貧乳はいかん。萌えにしても、凄まじくコアな萌えではないか」
「う、牛!?」
あまりのことにヴァイオラの目の前は真っ暗になった。どうやらショックで視覚センサーがその機能を一瞬停止したらしい。
「わわわ私はウサギでございます!」
「そんなバカな。白黒たれ耳とくれば、牛娘以外の何者でもないではないか!」
テムレがヴァイオラをびしっと指差す。
確かに彼女の容姿は白黒たれ耳だ。
角はないけどな。
「ほ、ほら、角だってありませんわ。牛じゃありません。そうでございますよね?」
ヴァイオラが勉の皆に同意を求めた。だが返ってくるのは、微妙な表情を浮かべて傾いた顔ばかり。
そ、そんな! 私は断じて牛娘などではございませんわ。
「やはりウサギといったら、バニーガールを想像するからね。……なんなら胸のついでに角もつけるが、どうかね?」
「結構でございます!」
肩をいからせてヴァイオラが答えた。
(中略)
ブリトマルティス【商業区】
訓練と称した模擬戦で、ルースがまたもや煙を噴き上げて宙を舞ってから2時間後、ノレカたち三人は、ヴァイオラに連れられてショッピングにいそしんでいた。
あれこれと店を見て周り、気に入った服を数着購入して、ご満悦で通りを歩いていく。
荷物持ちは、もちろんヱレナだ。
だがそんな三人のガイド役であるヴァイオラはというと、彼女達を眺めながら、時折いまにも泣き出しそうな悲しげな表情を浮かべていたりする。
いまも、目の前を歩くノレカと、山ほどの荷物を抱えてヨタつくエレナの姿に、ハンカチを手にして涙ぐんでたりする。
そんなヴァイオラの背後にユリマは静かに近寄よると、ゆっくりと拳骨を振り上げて、とりあえず彼女の頭に打ち下ろしてみる。
ごすっ!
「うぎょっ!」
拳骨を落とされたヴァイオラは変な悲鳴を上げ、頭を押さえてひとまず7歩走った。
「ななな……なんでございますの!?」
振り向き、思わず喚くのはヴァイオラ。
今度は本当に涙ぐんでいる。
……まあ、当然だな。
「くお〜ら。な〜に人を哀れんでるのよ」
腰に手を当て、ユリマが目を半ば細めてヴァイオラを睨みつけた。
苦笑いを押し込めたような顔で、ヴァイオラが視線を反らす。
「な・ん・で?」
「なんでと申されましても……」
答えようとしないヴァイオラに、ユリマは残虐なほどに美しい微笑を浮かべた。
その様子を面白そうにノレカとヱレナが見物している。
「……牛」
「!?」
「牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛牛」
ユリマの連呼攻撃。
「わわ、私は牛ではございません!!」
ヴァイオラが叫ぶように否定した。
「牛にしか見えないわよね?」
「牛ですね」
「牛以外のなんに見えるっていうのよ」
三人妓の連続コンボ。
あ、ヴァイオラ、頭抱えてうずくまった。
「喋らないと続けるわよ」
……鬼だ、ユリマ。
かくして彼女は脅されながらも、しぶしぶ喋り始めた。
人の姿を模して生み出されたSvD。そして現在、市民権は得られていないものの、テムレ博士などの尽力により、杜会的にそれなりの地位も確立しつつある。だが、人に憧れ、恋すらもできるほどになったというのに、所詮は道具としての扱われ方は基本的に変わってはいない。SvDを人間同様に思っている人というのは、非常に少数派であることは、揺るぎようのない事実であるのだ。そんな中、外見を実在の人物に模され、それもその2号機として生み出されたノレカの存在は、SvD杜会と人間杜会における非常に悪意めいた皮肉な、過酷な宿命を背負わされているように思えてならないのだと。
三人は呆れたように顔を見合わせた。
「なにもそんな深刻に考えなくてもいいでしょうに」
ユリマが肩をすくめる。
「でも、実在の人物の姿を模し、それもかつてのノレカの2代目として生み出されたノレカ様の存在は――あなた自身の存ざ――」
もどかしげに言葉を紡ぐヴァイオラに、ノレカは顔をしかめた。
「どうしてそんなに難しく考えるのかなー」
「でも、ノレカ様、それでは――」
不意に鼻がぶつかるくらいにノレカが顔を近付けて、ヴァイオラの言葉を止める。
ノレカの目が、しっかりとヴァイオラのそれを見つめる。
「だって、あたしはここにいるのよ」
他の何者でもない、あたしはここにいる。
それが答えよとばかりに、ノレカはにかっと笑みを浮かべた。
(中略)
試合会場 「さあ、いよいよ開発部争奪戦の日がやってまいりました。DC開発部は発足するのか? それとも第2SvD開発部が存続するのか? 実況は私、ナナイ・サーアイヴァー。解説はラクリマ・オーフェスティンさんです。ラクリマさん、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ラクリマが会釈を返す。
「会場では前座試合が行なわれております。では両陣営の様子をリポーターのマナ・オータニムさんに中継してもらいましょう」
するとアリーナの天井に設置されている、四方向に向けた大型モニターに、マイクを持つマナの姿が映し出された。
「マナ・オータニムです。私は今、関係者用観覧ブースに来ています。ここに第2SvD開発部部長である、テムレ博士がいらっしゃいます。テムレ博士、自信の程は?」
「正直、私は戦闘用SvDを作っているわけではないのでね。そのあたりはもう当人に任せるだけだよ。だが、性能面に関しては、他のどのSvDにも譲らないと断言しよう」
テムレが自信ありげに答えた。
「非戦闘用ですか……。というと、隣に座っているSvDのような感じですか?」
テムレの隣には、ネコ耳メイド眼鏡(首に鈴付き)の女性型SvDが座っている。
「マナ様、わたくしです。こんにちは」
「へ? あ、ビアンカ? なにその格好」
「いえ、その、ちょっと……」
困ったように唇の端を引きつらせながら、ビアンカ・サフェイセスは微笑んだ。
テムレ博士の監視とはとてもいえない。
「彼女の主人の趣味なのだろうな。私はこういう、あからさまな萌えは敬遠するが。あ、ちょっとマイクを貸してもらえないかね?
改造される気にはなったかね?」
「結構でございますわ!」
どっからか返事が聞こえてきた。
「ありがとう」
「あの……いまのは?」
マイクを受け取りながらマナが尋ねた。
「こちらのことだ。すまなかった」
「……こちらは以上です。これからDC開発部のリポートに向かいます」
モニターが暗転し、会場の映像を流し始めた。
「そういえば、まだ全てのSvDが公開されていませんね。ノレカのみです」
「DC開発部も、テイマーは発表されましたが、DCの詳細はまだ知らされていませんしね。ですが、この試合はSvD開発部に不利な条件となっていますね」
ラクリマが神妙な面持ちでナナイに云う。
「と、いいますと」
「4対4ということですが、テイマーとDCを別とすれば、実質8対4です。この戦力差はキツイと思いますよ」
再びモニターが暗転した。
「放送席。ただ今DC開発部(仮)の責任者である、ジロー・コバヤシ氏のところに来ています。コバヤシ氏、今日の自信の程を」
「私は戦闘に関しては素人だからね。だが今回は、現場テイマーの意見を十二分に取り入れた自信作だ。この試合で、その能力を存分にお見せすることができるだろう」
ティルノアがコバヤシの後ろで陽気に手を振っている。
「それでは、試合には勝てると」
「DCはテイマーあってのものであり、テイマーの手足の如く操れてこそDCといえる。双方の相性がマッチし、その真価を互いに発揮できれば、勝利は難くないだろう」
コバヤシが不敵な笑みを浮かべる。
「お〜、これは楽しみです。
では、こちらからは以上です」
再びモニター暗転。
「以上、両陣営からのリポートでした。
会場では前座試合の決着もついたようです。さあ、いよいよ試合です」
「楽しみですね」
牛耳とか言われてしまったヴァイオラ。他人のアイデンティティを心配する前に、自分がアイデンティティ崩壊の危機だったりしてます。ううむ、もう少しウサ耳っぽく耳アンテナを描き直そうかなあ。
ヴァイオラは冒頭、Scene.1、Scene.2と、広い範囲で出番があります。Scene.2では台詞だけの登場ですが。テムレ博士との絡みで登場の幅が広くなった感じですね。
前回、今回と、焦点が当たって個性が出ていたPCさんが多くて、リアクションを読んでいて面白かったです。夜中にコツコツとジロー博士のそっくりさんを作っていたジェイドさんがコワれて、次のシーンでビアンカさんがネコ耳メイド眼鏡・首輪つきで出てくるところなどは大ウケでした。
反面、行殺されていたPCさんもちらほら……。本文に名前すら出てこない没を見たのは「DC開発部」が初めてです。
なお、今回イベントで開発されたデジタルクリーチャーたちは、10月下半期からのアクションシナリオ1104017「開発部れぽぉと《DC開発部》」で入手できるそうです。
■目的
ノレカたち四人に人間らしい生活を体験させる
■動機
博士の研究の真価は人間らしいSvDの研究にあり、滲み出るような真に人間らしい仕草は、人間らしい生活の中で身にけるべきだと考えるから。
■プロット
鬼のトレーニング最中、はたと帳簿を取り落としてわあわあ泣いてノレカたちに詫び、自分がノレカたち四人を戦いの道具扱いして、人格を持った個人として接していなかったことを懺悔する。すぐにでもシンナー臭い部屋を飛び出し、ショッピングに連れ出してかわいい服を選んであげたり、簡単な変装をして遊園地で遊んだり(お忍びのアイドル気分)、礼儀作法の先生から手ほどきを受けたりする。可能なら、本物のルカと会わせる。そういった写真を撮ってパンフの資料とする。
スレイヴドールが人間に憧れ、人との些細な違いに悩むのは、自分たちが人を模した存在であり、より人に近づくことを命題として背負っているためだとヴァイオラは考える。フライハイト博士は、自分たちを悩めば恋もする、人間のコピーとして創造した。テムレ博士は更に、人間社会におけるスレイヴドールの地位を確立した。そして、フライハイトの娘(ルカ)のコピーであり、テムレの娘であり、スレイヴドール大量破棄の時代の露と消えたノレカ一号機のコピーでもある今のノレカの細い双肩に、スレイヴドール社会全体が抱えるテーマのヘビーな部分が重くのしかかっていることを察し、涙ぐんだりする。
テムレ博士の研究で最も評価すべきは、戦闘力よりも、人間の共感と同情心を駆り立てる「萌える」スレイヴドールの研究である、と考える。勝負に勝っても、観客の共感を失えば、それは勝ったことにはならない。CPUの割り当て時間をあと何パーセントか、女の子らしい仕草や表情の操作に回すように。そして、可能な限り、人間社会に触れさせる。
テムレ博士のことを見ていると、ヴァイオラは亡くなった前のご主人様のことを思い出す。大量廃棄の時代、召使の中で「一番萌えるから」という理由で自分を匿い、他のメイド・ドールたちを解体工場に送った老紳士のことを。
自分を取り巻く世界の真実を知ったノレカは、己の境遇を呪うかも知れない。ヴァイオラを恨むかもしれない。だが、ここで自分が目を塞ぎ耳を塞ぎこの場から逃げ出せば、自分はきっと後悔する。過去が自分たちに牙を剥くようなときには、全力をもって戦わなければならない。ひょっとすると、全ては自分の杞憂で、ノレカは自分が想像するよりも良くできた人格の持ち主かも知れないけれど、それならばそれで杞憂であったと胸を撫で下ろすだけだ。
テムレ博士のセクハラはロケットパンチで撃退(注:殺しはしません)。